「ループバウンド」という新しい概念は、インバウンド(訪日旅行)とアウトバウンド(海外展開)が相互に循環して作用し合い、持続可能な価値を生む実態を明示的に言語化したものです。第2回目では、すでにループバウンド的な事業を展開し始めている先進企業の事例について話をしたいと思います。今回は、名古屋めしで有名な「味噌煮込みうどん大久手山本屋」とヘアカット専門店市場No.1の「QBハウス」を展開するキュービーネットホールディングス社という、二つの異なる分野での挑戦と成果から見えてくる、未来へのヒントに迫ります。ループバウンド編集長・中村好明ループバウンド先進事例の全体像――今回のテーマは「ループバウンド」の先進事例の紹介です。具体的にはどのような企業がありますか?中村:今回ご紹介したいのは、「味噌煮込みうどん大久手山本屋」さんと「QBハウス」さんの、二つの事例です(以下、敬称略)。どちらも日本国内でのインバウンド人気を背景とつつ、同時に海外市場で急速に店舗展開をしている企業です。特に注目すべきなのは、インバウンドとアウトバウンドが循環し、相互に作用し合っている点です。この二社は単なる海外進出ではなく、インバウントとアウトバウンドの両市場で、顧客や人材が循環する「ループバウンド」が実現している典型的な事例だと言えます。大久手山本屋の挑戦と実績:名古屋発の味噌煮込みうどんを世界へ――まず、大久手山本屋の事例について教えてください。中村:大久手山本屋は名古屋の老舗味噌煮込みうどん店で、創業は1925年、100年近くの歴史があります。現在、名古屋市内で3店舗を展開されていますが、海外進出にも積極的です。現在、香港に2店舗を展開し、さらにインドネシアをはじめ東南アジア・東アジア各地で新店舗が計画されています。同社が国内外で注目されている理由は、単に味の伝統を守るだけでなく、時代の変化やグローバルなニーズに柔軟に対応している点です。食のダイバーシティへの対応――山本屋が成長するために取り組んだ具体的な施策は?中村:青木裕典さん(山本屋5代目)は、食のダイバーシティにいち早く目を向けました。味噌煮込みうどんの出汁(だし)は伝統的に、動物由来のものが使われてきたのですが、それではヴィーガン(完全菜食主義者)やベジタリアン(菜食主義者)の方々には提供できません。さらに、みりんを使った調味料がハラル規制に抵触するため、ムスリム(イスラム教教徒)の方々にも対応できませんでした。一方、厨房の職人さんたちは、従来の製法を変えることに大きな抵抗感をもっていました。そこで、名古屋の各大学に留学しているムスリムの外国人留学生の皆さんを多数本店に招いて試食会を開催したそうです。この試食会では、動物由来の出汁をキノコベースに変更したスープやハラル対応メニューを試してもらい、彼らの声を直接聞くことで、従来のやり方の変更に抵抗感のあった厨房の職人の方々の懸念の払しょくに成功したのです。一本気の職人さんたちも、目の前のお客様の喜びの声に心を動かされたのです。このように、現場での体験を重ねることで、内部から変革を促したのです。香港での成功と国内への好影響――その取り組みがどのように成功に結びついたのですか?中村:2023年に出店した香港では1日600人以上の来客を誇り、客単価は4000円と非常に高いです。この成功は、海外での大久手山本屋ブランドの確立だけでなく、国内の本店や支店にも影響を与えました。特に今後の海外出店に伴い不足していた人材の求人面での効果は大きく、海外勤務では日本国内の給与の2~3倍が支払われることもあって、優秀な人材を安定的に確保できるようになっています。また、香港での人気が高まることで、東海地区を訪れる香港人観光客が大久手山本屋の本店や各支店を訪れるケースも増えています。これがまさに「ループバウンド」の実態事例と言えるでしょう。理念とビジネスのバランス――大久手山本屋の躍進の背景には、どのような哲学があるのでしょうか?中村:大久手山本屋の青木さんは、「すべてのお客様に当社のおいしい味噌煮込みうどんを楽しんでほしい」という強い理念を持っています。例えば、車椅子対応や点字メニューを導入するなど、障がいをもつ方々に向けたバリアフリーの取り組みも遺残から進めてきました。こうした理念に基づく対応が、リピーターの獲得に繋がっています。さらに、青木さんは理念だけでなくビジネス的なソロバンもバランスよく弾いています。例えば、視覚障害者のお客様は慣れた我が店舗に通うことで、ヘビーリピーターになりやすいという事実にも着目しているのです。このように理念と収益のバランスが取れている点が、大久手山本屋の躍進の背景にあるのです。QBハウスの挑戦と成功:日本発の低価格美容サービスの海外展開――次に、QBハウスについて教えてください。中村:QBハウスさん(以下敬称略)は、お値打ち価格カットで知られる理容チェーンです。2006年から海外展開を開始し、今国内563店舗に対し、海外では128店舗を展開されています(2024年6月現在)。同社は、人口減少に伴なう国内市場の需要縮小を見越して早期からアウトバウンドの海外出店を推進してきており、今後も海外での店舗数を250店舗まで拡大する計画を立てられています(同社の中期経営計画より)。初期の苦労と工夫――海外展開はスムーズに進んだのでしょうか?中村:いえ、初期段階では多くの苦労があったそうなのです。例えば、海外のフランチャイズ契約でトラブルが発生し、裁判沙汰になることさえあったとのこと。また、海外の文化や労働習慣に適応するために、多くの試行錯誤を重ねられたのです。しかし、これらの苦難を乗り越える中で、空港や駅の一角にコンパクトなキオスク店舗を構えるなど、低コスト・低リスクの出店モデルが確立されたのです。この柔軟性と失敗を乗り越えるチャレンジ精神が躍進の鍵となりました。人材のループと技術力向上――人材育成も大きなポイントだと聞きました。中村:そのとおりですね。QBハウスは、日本のスタイリストを海外店舗に派遣し、現地スタッフの技術指導を行っています。逆に、海外のスタイリストも日本に研修に来ることで、技術力の向上と文化交流を促しています。さらに、社内での国境を越えたスタイリストコンテストを実施し、国内外の全従業員のモチベーションを高めています。まさに人材もループしているわけです。こうした取り組みにより、技術力が向上するとともに、離職率が低下しているとのこと。離職率の低さは顧客満足度向上にも直結しており、サービス産業として非常に重要なポイントです。ループバウンドの効果――現在、どのような効果が見られますか?中村:同社社長の北野泰男さんは、まだループバウンドを戦略的に実践できている段階ではないと謙遜されていますが、すでに実態として、海外のQBハウスで髪を切ったお客様が、日本滞在中に国内の店舗で髪をカットしてもらうために来店されるケースが増えているとのこと。逆に、日本のQBハウスで本場のサービスを体験した顧客が、帰国後に自国の現地店舗を利用することもあるとのこと。このように、顧客と人材がそれぞれ相互にループ=循環する実態が生まれているのです。成功要因と未来へのヒント――大久手山本屋とQBハウスに共通する躍進の要因は何なのでしょうか?中村:両社に共通しているのは、「柔軟性」と「理念の実践」だと思います。例えば、大久手山本屋は伝統の味を守りつつも、グローバルなニーズ(食のダイバーシティ)に対応する柔軟性を持っています。一方、QBハウスは、日本流の高い職人の技の伝承ループと人材交流のループを通じて、持続可能な成長を実現しています。また、どちらもインバウンドで得たグローバルなの知見をアウトバウンドの出店に活かし、双方向の価値のループ=循環を実現しようとされています。この「ループバウンド」のコンセプトの実践こそが、持続可能な躍進の鍵となっていると言えるでしょう。未来への展望――ループバウンドの概念が日本企業にどのような影響を与えるとお考えですか?中村:ループバウンドは、まだ意図的に戦略的に取り組んでいる事例は少ないながらも、実態として始まっています。ループパウンドに体系的に、そして戦略的に取り組むことにより、これからの日本企業にとっての成長モデルの一つになるでしょう。特に、国内市場の縮小が進む中で、国内市場と海外市場との双方向的なループ=循環は欠かせません。さらに、今日取り上げたこれらの先進的な企業の事例が、他の産業や他の企業に波及していけば、日本全体の競争力もさらに向上していくことでしょう。大久手山本屋とQBハウスという今日ご紹介した二つの先進事例は、ループバウンドが「すでに起こっている未来」であり、実効性のある現実的なモデルであるかを具体的に示していると思います。このループバウンドという考え方を意識的に取り入れて実践していくことで、インバウンドとアウトバウンドの相互作用を最大化し、各産業のどの企業においても持続可能な成長を遂げる道筋を描くことができるようになると思います。まさに、日本企業にとって、ループバウンドは欠かせない有力な事業戦略の一つとなることでしょう。