観光立国を掲げる日本は、これまで「インバウンド(訪日観光)」ばかりに焦点を当ててきましたが、ポストパンデミック時代を迎える中でその取り組みの限界も見えてきています。今、求められているのは、従来の観光の概念を超えた双方向的な価値循環の仕組み、すなわち「ループバウンド」という視点であり、概念です。この概念は、持続可能な経済成長だけでなく、日本社会そのもの(特に地域社会)の活性化、地方創生においても大きな鍵となる可能性を秘めています。今回は、「ループバウンド」の基本概念から、インバウンドの課題、そして未来に広がるループバウンド市場におけるビジネスチャンスまでを解説します。ループバウンド編集長・中村好明「ループバウンド」とは何か?「ループバウンド」という新しい概念は、インバウンドとアウトバウンドが相互に作用し合い、絶えず価値を創出する“循環”モデルを指しています。この発想は、訪日観光誘致や海外進出というような個別の単独分野の枠を超えた、それら相互の持続可能な循環的発展を目指すものです。「ループバウンド」は、人や資本の流れが一方向で終わらず、絶えず双方向で循環することを意味しています。例えば、外国人観光客が日本を訪れるだけではなく、訪れた経験から日本文化を海外に広め、それが結果として日本に還流するような仕組みです。<インバウンドとアウトバウンドの再定義が必要>従来の「インバウンド」は訪日観光客のみを指し、「アウトバウンド」は日本人が海外へ旅行することとだけと狭義的にのみ捉えられてきました。しかし、今後はこれらをもっと広義に考えるべきだと思います例えば、短期滞在の外国人観光客、中期の留学生、長期的には移民や国際結婚といった「人の流れ」や、資本・文化の流れも含めて、これらすべてを循環させる取り組み。それが「ループバウンド」です。<双方向の価値循環の重要性>ループバウンドの本質は「循環」です。一方向的な訪日観光(インバウンド)だけでなく、日本の文化やビジネスが海外で価値を生み出し(アウトバウンド)、その価値が再び日本に還流し、循環する仕組み(ループバウンド)を目指します。この考え方は、地域経済の活性化にも直結します。<持続可能性と長期視点>ループバウンドは、短期的な観光収入や売上だけではなく、中長期的な視点での成長を重視します。これにより、社会全体に持続可能な利益をもたらすことができるようになるのです。従来の「インバウンド」政策の課題と限界インバウンド政策は我が国の観光業に大きな恩恵をもたらしましたが、問題もあります。一つは、経済効果が特定の業界に偏りがちだということです。観光業、特に宿泊業・飲食業・旅客運輸業などが恩恵を受ける一方で、他の産業にはあまり波及していなかったのです。また、観光公害(オーバーツーリズム)の問題も深刻です。京都や鎌倉のような観光地では、地域住民の生活環境が悪化し、観光客との摩擦が生まれることもあります。さらに、パンデミック時に国境を越えた人流、すなわち訪日観光が完全に停止した際、多くの観光事業者が苦境に立たされました。この経験からも、訪日観光だけに依存するリスクが明らかになりました。<実例: パンデミック時の教訓>2020年から本格拡大したパンデミックは、インバウンドに過度に依存する産業モデルの脆弱性を浮き彫りにしました。観光地の宿泊業・飲食業その他多くの事業者が休業に追い込まれる一方で、物流やEC(越境EC)を活用して海外市場と繋がりを持ち続けた事業者や、すでに海外進出していた事業者は比較的安定していました。こうした事例が、ループバウンドの重要性を示しています。<過度な観光依存の弊害>国のインバウンド政策がもたらす恩恵は、主に観光業・宿泊業・旅客運輸業などに集中しがちです。この一極集中は、観光業界以外の事業者には恩恵が薄く、地域全体の発展にはつながりにくいという課題があります。<観光公害(オーバーツーリズム)の増加>人気観光地では、家賃高騰、公共交通機関の混雑、ゴミ問題、観光客と地域住民の摩擦といった「観光公害」が発生しています。特に観光資源が限定される地方都市では、住民の生活環境が悪化し、観光業との対立を生むこともあります。<ゼロサム的発想の罠>「観光で外貨を稼ぐ」という発想は、人口減少や経済縮小を補う「ゼロサムゲーム(参加者の得点と失点の総和=サムがゼロになるゲーム)」的な考え方に陥りやすいです。この発想では、根本的な経済活性化は実現しにくく、持続可能な成長モデルを生み出せません。一方、プラスサムゲームとは、参加者全員の利益と損失の合計(サム)がプラスとなるゲームであり、この発想こそが今後重要になります。<行政の縦割り構造>日本では、インバウンドやアウトバウンドの政策が中央省庁間で縦割りになっているため、地方自治体を含め、統合的な取り組みが困難です。この分断は、地域や企業が本来持つ可能性を阻害している要因の一つにもなっています。「ループバウンド」によるビジネスチャンス「ループバウンド」が生み出す可能性は無限大です。例えば、日本の「食文化」を取り上げてみましょう。日本の寿司、ラーメン、和菓子、そして発酵食品は、すでに世界中で高い評価を得ています。この文化をインバウンドとアウトバウンドの双方で循環させることで、持続可能な市場を生み出せます。<食文化の輸出とグローバル展開>日本の食文化は、地域ごとの独自性や健康志向が高く評価されています。例えば、寿司やラーメンだけでなく、地方の特産品や発酵食品も世界的な人気を博しています。この流れを活かして、国内だけでなく海外市場をターゲットにした新たな事業展開も可能になってきています。<具体例: 大手飲食チェーンの海外進出>寿司チェーンやファミリーレストランが積極的に海外展開を行い、現地の消費者から支持を得ています。さらに、その現地でのブランド力が、訪日観光客の増加にもつながるという「ループ」が形成されています。<中小企業の海外進出>テクノロジーの進化により、かつては大手に限られていた海外進出が中小企業でも可能になりました。SNSやオンラインマーケットプレイスを活用することで、小規模事業者でもグローバルな市場にアクセスできます。<具体例: 伝統工芸品の海外販売>地域の工芸品や伝統産品がオンラインプラットフォームを通じて海外販売を拡大。これにより、地方経済への直接的な収益が生まれています。<サービス産業のグローバル化>美容室、エステサロン、フィットネスなどのサービス産業も、ループバウンドの考え方を取り入れることで海外展開を進め、そしてその海外展開が新たな訪日需要を生み出しています。これにより、インバウンドで得たノウハウが新市場の開拓につながっているわけです。テクノロジーが変える「ループバウンド」の未来テクノロジーはまさに「ループバウンド」の実現を後押しする大きな力です。生成AIやビッグデータを活用することで、観光客の動向や消費傾向を詳細に把握し、それを海外展開の戦略に活かせます。また、SNSの普及により、観光客が日本での体験をシェアすることで、海外での認知度が飛躍的に高まるという効果もあります。<デジタルマーケティングとデータ活用>生成AIやDX(デジタルトランスフォーメーション)の進化により、企業はターゲット市場を正確に分析し、顧客対話を高度化し、より一層効率的なマーケティングを展開できるようになっています。<SNSが生む双方向性>SNSの普及により、ブランドや製品の認知拡大が容易になりました。インバウンド観光客が自身の体験をSNSで発信することで、日本の文化や製品が広く知られるようになり、海外での需要が高まっています。<具体例:インフルエンサーの活用>観光客が日本の飲食店や観光地をSNSで紹介することで、現地での関心が高まり、訪日観光客の増加や輸出の拡大につながる事例が増えています。ループバウンドによる、具体的な成功事例地方の伝統工芸品が海外で評価されるケースが増えています。ある地域の陶器メーカーは、ECを活用して世界中に販売を広げ、その収益を地元経済に還元しています。また、理美容業界でも、日本発の理美容室チェーンが海外展開を加速させ、現地の顧客が日本の本店を訪れるという双方向の流れが生まれています。<飲食業界>大手チェーンだけでなく、小規模な飲食店も海外展開に成功。例えば、ラーメン店が海外でフランチャイズ展開を行い、日本食ブームを牽引しています。今やラーメンに限らず、うどんや地方の郷土食の店舗やカフェまでも海外進出しています。<地域産品の輸出>地方の農産物水産物や伝統工芸品が、海外市場で新たな需要を生み出しています。これにより、地方経済が活性化し、地域住民の生活改善にも寄与しています。<美容・サービス産業>日本発の美容サービスやフィットネスが海外で人気を集め、逆に訪日客の増加にも寄与。こうした双方向の効果が、持続可能な成長を支えています。社会的影響と課題課題はやはり、中央や地方の行政機構や業界団体の縦割り構造を解消し、統合的なアプローチを可能にすることですね。また、地方の中小企業が積極的に海外展開を行える環境整備も重要です。そのためには、デジタル技術を活用したサポート体制の構築が不可欠です。<地域全体の発展>ループバウンドの概念は、特定業界に利益が偏ることなく、地域全体の産業を巻き込む仕組みを提案しています。観光地以外の地域でも、産業が連携して持続可能な発展を目指すことが可能です。<持続可能性の確保>観光だけに過度に依存しない形で地域経済を成長させるためには、ループバウンドの仕組みを制度的に支える必要があります。行政や民間企業の連携が重要です。「ループバウンド」は、これからの日本が持続可能な成長を目指す上で重要な考え方です。一方向の消費や利益に頼らず、双方向の価値循環を通じて経済全体を活性化させるモデルは、観光業だけでなく、多岐にわたる分野で応用可能です。ポストパンデミックの時代に、日本がこの新しい視点をどのように活用していくかが問われています。単なる経済政策ではなく、日本全体の構造転換に繋がるものだと思います。観光業だけでなく、地域産業全体を巻き込む形で、持続可能な社会を築く基盤となる。これからの日本にとって、「ループバウンド」の視点を取り入れることは、必要不可欠な選択肢だと考えています。